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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)4158号 判決

原告 余鴻彰

被告 株式会社住友銀行

主文

被告は原告にに対し金五十万円及びこれに対する昭和三十年六月二十三日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金十五万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求めその請求の原因として、原告は宇知為正作に対して有する金百万円の貸金債権回収のため同人を債務者とする公正証書の執行力ある正本に基き昭和三十年四月二十七日東京地方裁判所に対し右宇知為の商事会社たる被告に対して有する預金取戻請求権の差押並びに転付命令の申請をなしたところ、同裁判所は右申請を同庁昭和三十年(ル)第四九三号事件として審査し同月三十日宇知為の被告に対する金百二万千六百円の預金債権を差押え且つ原告に転付する旨の決定をなし右決定は同年五月六日第三債務者たる被告に送達された。ところが、逸早く関係人の工作するところとなり右決定送達時においては宇知為の当座預金債権は金五十万円にすぎなかつたので右差押並びに転付命令は右金額につき実効を収めるに止つた。しかも被告は右当座預金を以て右決定発付以後に生じたものであるとなして右決定の効力を争いこれが支払をしない。しかしながら差押転付命令は第三債務者に送達されて初めて効力を生ずべきものであつてその効力を生ずべき送達時において差押えられるべき権利が存在する以上該命令の有効なことは明らかである。仮にそうでないとしても宇知為正作は右差押並びに転付命令の申請乃至発付当時においても被告に対し前同額の普通預金債権を有した。しかして、普通預金と言い当座預金と言いいづれも金銭の消費貸借又は消費寄託であつてその性質に差異はないから右差押並びに転付命令は右普通預金債権につき効力を生じたものと謂わなければならない。よつて原告は被告に対し右転付債権金五十万円に訴状送達の日の翌日たる昭和三十年六月二十三日から完済に至るまで商事利率たる年六分の割合による遅延損害金を付して支払を求めるものであると述べた。

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め答弁として、原告主張事実中原告が宇知為正作に対する金銭債権回収のため原告主張の債務名義に基き右宇知為の被告に対する預金債権の差押並びに転付命令の申請をなし東京地方裁判所が原告主張の如き差押並びに転付命令を発付し右命令が昭和三十年五月六日第三債務者たるべき被告に送達されたこと、宇知為正作が被告に対し右命令発付当時には金五十万円の普通預金債権を又右命令送達当時には同額の当座預金債権を有したことは認める。右命令が発付されたのは同年四月二十八日である。そもそも債権の差押転付命令は特定した債権に対してなさるべく従つて命令発付当時差押うべき債権が現に存在し又は少くとも将来発生し得べき法律事実が存することを要するものと解するのが相当である。このことは右命令の申請には差押うべき債権の種類及び数額を開示することを要するものとされていることにより明らかである。しかるに、右当座預金債権は本件差押転付命令発付当時には全く存在せず又これが発生すべき法律事実もなんら存しなかつた。即ち被告は右命令送達の直前初めて宇知為と当座取引を開始しその結果同人の当座預金債権が生じたにすぎないのである。従つて本件当座預金債権に対しては差押並びに転付の効力を生ずべき謂れがない。又差押え且つ転付すべき債権を当座預金債権と表示した差押転付命令が普通預金債権に対してもその効力が及ぶものとは到底謂い得ない。されば原告の請求には応じ難い。と述べた。

理由

原告が宇知為正作に対する金銭債権回収のため原告主張の前掲公正証書の執行力ある正本に基き右宇知為の被告に対する預金債権の差押並びに転付命令の申請をなし東京地方裁判所が昭和三十年四月中宇知為の被告に対する金百二万千六百円の当座預金債権を差押え且つ原告に転付する旨の決定をなし右決定が同年五月六日第三債務者たるべき被告に送達されたこと、右決定送達時において宇知為が被告に対し金五十円の当座預金債権を有したことは当事者間に争がない。

してみると右差押並びに転付命令は右金五十万円の当座預金債権に対しその効力が生じたものと謂わなければならない。被告は債権の差押転付命令は特定した債権に対してなさるべく従つてその発付当時差押うべき債権が既に存在し又は将来生ずべき法律事実が存することを要するところ、本件差押転付命令の発付当時にはいまだ本件当座預金債権は存在しなかつたから右命令はなんら効力を生じる謂れがない旨主張するけれども、債権の差押命令は裁判所において申請の趣旨に基き差押の適否を調査するのみで当該債権の存否、帰属如何については調査することなくこれを発し(民事訴訟法第五百九十七条も債務者及び第三債務者の審訊を経ずしてこれを発する旨規定する)第三債務者に送達されて初めて効力を生ずべきものである(同法第五百九十八条)ことに鑑みると、その効力を生ずべき送達時において差押うべき権利が存在する以上該命令が有効なことは明らかである。もとより、差押命令を発するには差押うべき債権を特定してなすべくこれがため右命令の申請については債権の種類及び数額を開示することが要求されている(同法第五百九十六条)が、このことから差押命令発付当時差押うべき債権が現に存在し又は将来生ずべき法律事実が存することを要するものと推論すべき合理的根拠は少しも見出せない。むしろ差押命令はその効力を生ずべき送達時において差押うべき債権が存在することを予定しこれを表示して発せられるものであるから、その発付時における権利の存否の如きは問題とするに足りないのであつて、債権の特定は差押の効力を生ずべき債権及びその範囲を定めるために要求される以外の何ものでもないと解するのが相当であり、従つて被告の右主張はその余の判断をするまでもなく失当として排斥を免れないのである。

しかるところ、被告が商事会社であることは被告において明らかに争わない故これを自白したものと看做すべきであるから、被告は原告に対し本件転付債権金五十万円及びこれに対する訴状送達の翌日たる昭和三十年六月二十三日から完済に至るまで商法所定年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるものと謂わなければならない。

よつて原告の本訴請求を正当として認容すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

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